moratorium

うってつけの日々

渇き。今までに感じたことのない強烈な渇きだった。

夢の中で、氷水をもらってごくごく飲んだ。でも飲んでも飲んでも喉の渇きが癒えなくて、浮いている氷を邪魔に思いながら、どんどん水を注いでもらう夢だった。光と影が妙に濃くて、氷はプリズムに光を通していて美しいと思った。渇きに苦しみながら。真夜中に目を覚まして、喉の渇きが現実か夢かよくわからなくて、寝ぼけたままジャスミンティをごくごくと飲んだ。でも、あまり喉は乾いていなかったように思う。

 

そのままうとうととして、そうしたら瞳が溶ける夢を見た。目に違和感を感じて鏡を覗き込んだら、左目の黒目の縁にぽつりと白い斑点ができていて、これは大変、放っておいたら失明してしまうわ。と思って、母方のばあちゃんに病院に連れて行ってくれと頼んだ。はあちゃんが準備をしている間、鏡で斑点の様子を監視していたら、どんどんと斑点が大きくなってきて、そうしているうちに、ある瞬間に靄のようにするりと黒目が溶けてしまった。私の左目は完全に白目になり、あまりのことに全身に鳥肌が立った。呆然としたまま、ばあちゃんを振り返ると、ばあちゃんの片目も同じように白目になっていた。

喘ぎながら夢から覚めて、しかし夢か現か本当にわからなくて混乱した。ベッドから飛び降りて、真っ先に目を確認したけれど、変わらずに黒目はそこにあって、私はとても安堵した。

 

夢を記録していると、気が狂うといわれた。一体どのように、何が狂ってくるのか、私はとても楽しみで仕方ない。

塵とハミング

誰と会う約束もしていない日々が続いている。

一人で過ごすことに、何の抵抗も違和感もなく、それを完全に自然のこととして生きていたころが、遠い夢物語のように感じてしまう、春。私の好きなことは、基本的に一人で完結できることで、むしろ人とともになさねばならないことは、何もかも不得意である。最たるものはスポーツ。本を読むこと、夢想すること、お茶をすること、歌って、踊って、うたた寝をして。何もかもが一人でなければならないこと、これが私の好きなこと。なのに、どうしてだろう、人といなければ何か問題があるような満たされない人間のように見られてしまう、という強迫観念にかられだしたのはいつからだっただろう。これはとても不幸なことです。

自分で成り立つことができないのに、人といて充足を感じる。それは欺瞞でしかない。足りないものを他人で埋めても、結局欠落感は強くなって、より満たされない思いは強くなる。自分でさえこんなに重くて持て余しているのに、他人を抱え込むなんてそんなこと、できやしない。他人に私を抱えてもらって満たしてもらうことを期待しているなんて、私はぞっとしてしまった。

私は強くなりたいのです。せめて人生に期待できるくらいには。期待を裏切られたからって拗ねてそっぽを向くのではなくて、それすらも飲み込んで、次に期待と、笑えるようになりたい。

 

今日、ユーミンを聞いていたら、幼いころを思い出した。母はよく、ユーミンを流しながら掃除をしていた。ハミングをしながら、2階にまで聞こえるように大音量で。あの日の陽の明るさと、空気の暖かさを思い出した。舞い上がった塵が、陽の光を受けてキラキラとして、綺麗だった。

つるかめ

身内に不幸があった。

その人は、とても身体が大きく控えめに言っても太っていた。いつもニコニコとしていて、とても声が大きかった。不良のような風体と恰好をしていて、親戚でなかったらたぶんとても怖かったと思う。お金持ちの御曹司で、でもまったく彼の様子からそれを伺い知ることはできなかったと思う。

たまに、メールが来るようになったのはいつからだろう。高校生のとき、大学生かしら?多分、とても寂しかったのではないかと思う。縁遠い、親戚の若い女の子にたまにメールを送らずにはいられなかった、その寂寥を思うと、私はたまらなくなる。

私はほとんどそれに返事をしなかった。困った人だと、思った。

彼には、妻がいた。異国から嫁いできた人だった。彼は晩婚だったが、その妻は若かった。彼らの馴れ初めは知らない。しかし、その妻は異常なほど姑と仲が良かった。夫婦でいるところをほとんど見なかった。いつも妻は姑といた。彼らに子はなかった。

もうあの、がらがらとした特徴的な声を聞くことはないんだな。もう、メールが送られてくることもないんだな。最後にあったのは、声を聞いたのは、一体いつだったんだろう。最後はいつ訪れるんだろう。

 

温室の傲慢

ある出来事から、私はようやく人生を引き受けた。

それは、世間的にいうとただの失恋だったのだが、そこで私が得たものはおそらくただ恋を失っただけではない。私はその経験から、自分の人生をようやく引き受けることができた。

非常にぬるい温室で、人との関係の間にあいまいな膜を張って生きてきたので、人生とはぼんやり自分の思うとおりに進むのだと、それを疑うことなく生きてきてしまった。

しかし現実はすごい。容赦がない。所詮私は、ただちっぽけな一人の娘にすぎなくて、人と欲望を交えた生身でのぶつかり合いに、ただただ圧倒されるだけだった。

ひどく傷ついたこの経験から、私はひどく傲慢だったことを知った。

人生はなんだって起こりうる。

文字にすると、まったくもってその通り、という感じだが、私は心の底からこの言葉を理解している。

 

それだけ、たったこれだけの経験が、私をようやく私にした。

ようやく笑えるようになってきた。先々これでよかったと思えるように、せいぜい笑い飛ばしていこうと思う。

傷だらけも悪くない。

治癒能力には自信があるんだ。

さようなら

永遠にご無事で。

あのとき言ってあげたかった言葉。

もう永遠に会わないのだから。

 

寂しさだけがいつも新鮮で、なれることはないのね。

あいまいにずっと傷つくよりは、痛みに貫かれた世界のほうが、冴え冴えとして美しいこともあると知ったわ。

 

美しいものは、痛みを知っている。

 

贈り物

誰かのために贈り物を選ぶ。とても尊く、美しいことですね。それが何の利害関係を内包しないという前提の下でだけれど。今日は友人のクリスマスプレゼントを選びました。人に物を贈るという行為は、とても緊張感がある。私は全く自分に自信がないのです。おそらく、承認された過去があまりないからだろうね。悲しいことに。しかし、一生懸命に選んだので、喜ばれたいです。素直に。

私の父は本当にコミュニケーションが下手で、ほとんど父親らしい愛情を示したことはない。だから私は父に愛された記憶がない。拒絶された記憶だけは腐るほどあるけれど。そんな父があるクリスマスに、家族にプレゼントを買ってきたことがありました。母には高級化粧クリーム、妹と私には、ネックレスを。私に贈られたそのネックレスは、シンプルなシルバーで月の形をしているものだった。父からの初めての贈り物。心の底から嬉しかった。今でもそれは、私の心の一部を支えるのです。愛されていなかったわけではないのではないのかと、その小さなネックレスが、私と父をつなぎます。

贅沢な孤独

基本的に私は一人が好きだ。気分に上下されるけれど、一人でいるのは快適。孤独なのは私の基本だからそれは別にいい。人の本質は孤独だと私は教えられた。幼いころに渡された言葉だったので、それはそれは私は傷ついた。でも今ならわかる。人はみんな天涯孤独なのだ。その傷ついた経験が私の根底にあり、何かを歪ませたのは間違いないだろうけれど。

人に期待して、愛情を渇望してもなかなか私の満足できる関係にはなれなかった。大人になったら、キスをするのもセックスをするのも、恋人とだけではないんだな。そういった話はいくらでも転がっている。恋愛感情なんてなくても、躰は重ねられる。なんてお気軽、なんてコンビニエンス。誰もが欲求を押し付けあって、自分が満足しようとする。関係を深めることなんて期待できない男ばかり。きっと私が人間をそういうようにしか見られないからなんだろうね。最近、人間関係は私を映す鏡のような気がしている。なんて下品で貧相な小娘なんだろう。

さみしさ、孤独。きっと誰と一緒にいても、何を成し遂げても、私はさみしさを感じるだろう。孤独だと思って一生を生きるだろう。人は誰も、その人なりの地獄を持って生きている。村上春樹だっただろうか、そのようなニュアンスの一文を私はずっと心にメモして持ち歩く。何かを表現し、一流と言われる人々は、きっと地獄を抱えている。表現しようという行為自体、自分の地獄を誰かに問いかけてみたいからではないのだろうか。

そんなことをつらつら思いながら、今日も私は、自分で自分を傷つけました。体が死ぬより前に、心が致命傷を負うかもしれない。過去はもう私を傷つけないのに、わざわざ呼び出して、心を傷つける行為を慢性的に繰り返している。目に見える自傷行為と一体どちらが劣悪かしら?